Light Tackle Lure World 
●Tale-2 メッキーの大冒険!
  南方系の魚であるメッキーたちは、見知らぬ海でも力を合わせて強くたくましく生き抜いていく。

 今年も暑い夏がやってきた。ボクはギンガメアジの「メッキー」。子供の頃(と言っても今も子供だけど)、暖かい海水の黒潮ってやつに入り込んじゃったら、いつの間にか台風の大荒れの中に迷い込んじゃった。海はうんと荒れていたんだけど、深いところを泳ぎながら今までと違う場所に辿り着いちゃった。途中は食事もできないくらいだったけれど、暖かい海からちょっとだけ涼しい場所に戸惑ってるんだ。それでもこの辺りは食事には困らないし、なかなか過ごしやすい場所なんだよ。

 ボクたちは南の暖かい海で生まれ育ったけど、この場所もなかなか過ごしやすいと思えるようになってきた。友達になった魚たちは、「伊豆の海」って呼んでたな。港の中や砂浜の波打ち際にも、ボクたちの食べやすいボラやイワシがいる。ここで出会ったギンガメアジの友達は、ボクが生まれ育った南の海を知らないらしい。ボクはたくさんの仲間と一緒にここへ流されてきたけど、南の海を知らない友達はここで生まれたらしいんだよ。ボクたちが生まれる場所って南の海だけかと思っていたけど、最近は海水温が高くなってきたらしくて、この辺りの海でも生まれ育つことができるんだって。

 その友達は「ギンちゃん」っていう名前なんだけど、ボクが生まれ育った南の海を教えてあげたら、すっごく行きたいって言ってたなぁ〜。でも暖かい黒潮って流れが強いから、ボクたちの弱い力だと、泳いで帰るのは無理みたい。何度も挑戦しようとしている仲間もいたみたいだけど、途中で台風に出会っちゃったりして、もっと遠くへ流されちゃうんじゃないかって聞いたことがある。出て行った仲間たちには二度と会えたことがないから、本当はどうなっちゃったのかは誰も知らないんだけどね。ボクはちょっと怖いから、あんまり遠くへ自分から出掛けるのはイヤなんだよねぇ〜。

 最近ちょっと困ったことがあって、仲間たちと井戸端会議することが多いんだ。それはね、ここで知り合った友達のギンちゃんが、いつの間にかいなくなっちゃったんだ。今までにもどんどん仲間が減っていったり、口に怪我をして帰ってくる友達もいた。いなくなる仲間は南に帰ろうと出掛けちゃったって思っていたけど、どうもみんながそうしたんじゃないような気がしている。だってここに満足してずっといたいって言ってた仲間まで、いつの間にかいなくなっちゃってるんだもん。ちょっとおかしいよね。

 それよりおかしいのは、口に怪我をしている友達が、その話しになると何にも話さなくなっちゃうんだよ。どうしてなのか分からなくて、気になってしょうがない。自分なりに考えているんだけど、みんなが食事するときにビクビクしているのが気になるんだよね。何で美味しい食事の時間になると、そんなビクビクするんだろう。ひょっとしたらみんながいなくなるのに、何か関係してるんじゃないかって思い始めたところなんだ。だっておかしいじゃん。きっと何か知らないことが起こっているんだよ。

「お〜い、久しぶりだなぁ〜」

「あっ、ロウニンアジのロンおじさんじゃない。久しぶりだねぇ〜」

「こないだよぉ〜、お前の友達がさぁ・・・」

「えっ?!ひょっとしてギンちゃんのこと?」

「おう、そうそう、そのギンちゃんがよぉ〜・・・」

「どこかで会ったの?見かけたのはどこ?」

「おいおい、そんなに焦るなよ。ちゃんと話させてくれよぉ〜」

「あっ、うんうん、ごめんね・・・、それでギンちゃんは?」

 ここ2週間くらい会ってないギンちゃんの話しになったから、ボクはいてもたってもいられなくなっていた。ロンおじさんの近くに詰め寄って、早く話してほしくて焦っていた。仲のよかったギンちゃんの話だから、ちょっとでもいいから何かを知りたかったんだ。ロウニンアジのロンおじさんは、ボクたちギンガメアジと違うみたいで、みんなで揃って行動することが少ない。いつもひとりで海を散歩しているらしい。たまに気の合う仲間と、何かの影でひと休みしたりするらしい。いつも同じような場所にいて、会いたければ遊びに行けばいい。めったに自分から声を掛けてこないロンおじさんたちだから、声を掛けれられてちょっとびっくりした。

「こないだよぉ〜、久しぶりにそこの港の中に散歩しに行ったんだよ。そしたらギンちゃんが他のやつらと食事してたんだ。海が少しうねってたから、腹が減って何か食べたくてな。やっぱり小さなボラとかも、船を揚げてるスロープの近くに集まってたんだ。そこでたらふく食べてたみたいだな。オレも喰いたくて近寄ったらな、ツンツン泳いでるちょっと大きめのボラみたいのを咥えたまんま、堤防の方に泳いで行ったんだよ」

「えっ?!それでギンちゃんは?」

「それがな、そっちに美味しいもんがあるのかと思って、他の仲間もくっついて泳いで行ったんだ。そしたらギンちゃんだけが水面からいなくなっちまったんだ。他の奴らは慌てて戻ってきて、そのままみんなでどこかに行っちまった」

「えっ?ギンちゃんが消えちゃったの?」

「おぉ、消えちまった。お前さんたちがギンちゃんを探してるって聞いたから、ちょっとそれだけ話しておこうと思ってな。その仲間たちに聞いてみれば、何か分かるんじゃないかな。オレは少し離れた場所で見ていたから、近くで見てた奴らに聞けば分かるかもしれねぇぞ」

「ロンおじさん、ありがとう。じゃあいつもギンちゃんと一緒にいた仲間に聞いてみるよ」

 メッキーは、ギンちゃんと一緒にここで生まれ育った仲間たちを探した。だけど最後に目撃された近くの港内にはいないし、近所のほかの港にも彼らはいなかった。「どこかに引っ越していなくなっちゃったのかなぁ〜?」と思い始めたそのとき、まだ見に行ってない場所に気がついた。ボクたちはときどき港の真ん中をグルグル散歩することがあるけど、朝とか夕方には岸近くの近寄りたくなる場所がある。港の外に砂浜があるんだけど、そこの波打ち際にボラがたくさん集まってるんだ。ひょっとしたらそこで食事しているかも知れない・・・、ボクはそう思った。

「あっ、お〜い、みんなぁ〜。ギンちゃん見なかった?いつも一緒にいたでしょ?」

「・・・、し、知らねぇ〜なぁ」

「そんなことないでしょ。だってロウニンアジのロンおじさんが、みんなと一緒にいるのを見たって言ってたんだから。急にギンちゃんがいなくなっちゃったんでしょ?何か知ってたら教えてよ」

「何だよ、そんなの聞いてどうするんだよ。もう手遅れだよ」

「ば、ばか!しゃべるなよ」

 隣にいたほかの仲間が、彼の言葉を遮るように言った。まるで知られてはならないことを、慌てて隠すような感じだった。ボクはただ事ではないと思って、他の仲間たちにも続けて聞いてみた。

「ねえ、知ってるんでしょ?教えてよ。みんなで食事してるときに、ギンちゃんを追っかけていったらいなくなっちゃったんでしょ?そのとき何があったの?近くで見てたんでしょ?」

 彼らは触れてはいけない部分に踏み込まれたと思っているらしく、なかなかしゃべろうとしなかった。そこにロウニンアジのロンおじさんがやってきた。近くでボクが興奮しているのを見て、我慢できなくなって様子を見に来たんだろう。

「おいっ、お前ら!オレは近くで見ていたんだぞ。ギンが水面に消えていなくなったのを見ていたんだ。お前たちが一緒にいて、知らないはずないだろ!」

 いったい何があったんだろう。みんなこんなに怯えるなんて。聞いてはいけない話なのだろうか・・・。すると今まで黙っていたほかの仲間が、重苦しそうに口を開いた。仲間の顔を眺め回して、周りのみんなから同意を得るようなしぐさだった。

「あのね、なんか話したら自分たちも同じになりそうで黙ってたんだよ。ギンちゃんはね、あのときいつもと違う小魚を見つけて、真っ先に飛びついたんだよ。そしたら堤防の方に向かって泳ぎ始めて・・・」

「そこまではロンおじさんから聞いたよ。そしたら急に消えちゃったんでしょ?」

「うん。そのまま連れてかれちゃった・・・」

「えっ?誰に?」

「人間だよ。君たちはここにきて間もないから知らないだろうけど、変なエサを持ってきて、仲間たちを連れて行っちゃう人間がいるんだ。前から聞いてたから注意してたつもりなんだけど・・・」

「しょうがねぇなぁ、そこまで話したら・・・。あとはオレが話すよ。釣りって言ってな、ルアーっていう名前のエサがあるらしいんだ。それを海の中に投げ込んで泳がせられると、どうもオレたちは我慢できなくなって飛びついちまうんだ。ギンちゃんも分かってはいたんだろうけど、急に自分の横でピュンピュン動いてたんで、反射的に咥えちまったみたいなんだ。オレたちも習性でくっついて行ったんだけど、堤防の近くで水面に飛び上がっていった。その先には釣りをしている人間がいたんだよ」

「えっ?!ギンちゃんは釣られちゃったの?ボクが住んでいた南の海では、ボクたちみたいに小さい子供は無視されていたよ。ここにいるロンおじさんだって、この辺では大人みたいだけど、南の海ではまだ子供なんだよ。それなのに釣られちゃったの?」

「そうだ。ここは大人には水が冷たすぎて住みにくいからな。オレが物心ついたときに、ちょっと大きな兄ちゃんに会ったんだ。この伊豆の海では今はいいけど、もう少しすると寒い冬になる。お前たちがいた南の海は関係ないだろうけど、ここでは冬になると水も冷たくなる。そうなったらオレたちのほとんどは、寒さに耐えられなくなって死んじゃうんだってさ。その兄ちゃんは頑張って暖かい水の湧き出る場所で次の夏まで頑張ったんだけど、体が大きくなって目立ったからなのか、こないだ人間に釣られちゃったんだ」

「そうだったのかぁ・・・。ギンちゃんとは仲良くしていたのに・・・」

「それで怖くなって、港の中で食事するのをやめてたんだよ。また釣りに来ると困るからな」

 人間の間では、釣った魚をその場で逃がす人もいるらしい。リリースって言うらしいけど、これだけ経ってもギンちゃんに会えないってことは、たぶん連れて行かれたのだろう。でも今の話を聞いた限りだと、ここにいても冬になると自分も寒くて死んでしまうということなのだろう。さっきまでギンちゃんの心配をしていたけど、急に自分の将来のことが心配になってきた。メッキーは頭の中をいろいろな考えがグルグルと巡って、何が何だか分からなくなっていた。

「みんなはどうするの?ここにいても死んじゃうんでしょ?」

「しょうがないよ、オレたちはここで生まれ育ったんだし」

「ボクはイヤだ。南の海に帰りたい。大人になるんだ!子供のまま死にたくないよ!」

「そんなこと言ったって、また途中で台風が来たら、それこそどうなっちゃうか分からないじゃんか」

「それでもいい。ボクは南の海に帰ってみる。何にもしないで死んじゃうなんてイヤだ!」

 彼らの中の何尾かは、既にメッキーとの話を無視していた。再び波打ち際の小魚たちを夢中で食べ始めていた。今を楽しく過ごせれば、ここで生まれ育った彼らには満足なのかも知れない。ところがそんな時、彼らに衝撃がはしった。

「痛〜い!助けてぇ〜」

「大変だあ〜、ここにも人間がルアーを投げに来た」

「誰かあいつを助けてやってくれ〜」

「助けてぇ・・・ぇ・・・」

 さっきまで話に加わっていた中の1尾は、あっという間に釣られてしまった。続けてすぐにルアーが飛び込んできたので、誘惑される前にみんなでその場を離れた。ルアーと分かっていても、習性で飛びついてしまう危険があるからだ。こうなってしまうとボクたちにとって、安全な場所はなくなってしまう。とりあえず昼間は沖に行って、深い場所で食事するしかなさそうだ。人の少ない夜に食事をすれば、釣られることもないだろう。ところが現実は甘くなかった。深い場所にいても、上から沈んできたエサを食べて釣られたり、夜なら大丈夫と港の常夜灯の下で釣られた仲間もいる。

「みんな!ボクはやっぱり南の海に帰るよ。頑張ってみる。みんなと別れるのは辛いけど、何とか生まれ育った家まで辿り着いてみるよ。誰か一緒に行くかい?」

「オレはここにいるよ。まだここでも暖かいのに、もう死ぬなんてまっぴらだ」

「オレもだね。ここより遠くに流されたら、もっと寒くて早く死んじゃうだろ?」

「オレは行くぞ。オレはここで生まれ育ったけど、ビクビクしながら生きていくなんて我慢できねぇ」

 するとリーダー格のひと言で、他の拒否していた仲間たちも態度を変えた。群れで行動している彼らにとって、リーダー格の意見は絶対なのかも知れない。

「じゃあオレも行ってみようかな・・・」

「お前もか?それならオレも・・・」

 次々とみんなが南の海を目指すと言い出した。ボクは嬉しくなってきた。ロンおじさんも、一緒に行くと言い出した。みんな少しでも長く生きたいのは同じだ。ちょっとでも可能性があるんだったら、それにかけてみてもいい・・・、みんながそう思ったのだろう。ボクたちはこの伊豆の海をあとにして、南を目指して外海へと泳ぎだした。

「お〜い、南の海ってどっちなんだよ」

「とりあえず沖に向かおうよ。黒潮っていう暖かい水の流れがあるから、その流れが少しでも弱くなってる脇を泳いでいこうよ。岸近くにも黒潮から分かれた暖かい水があるはずだから、そこをとにかく探そう。ボクが伊豆に来たときも、その少しずつ水温が下がっていく黒潮から分かれた潮で運ばれてきたんだ。今思えば、頑張って戻ればよかったと思ってる・・・」

「よ〜し、みんな〜、頑張るぞ〜!」

「おぉ〜!」

 メッキたちは、途中で小魚を見つけてはみんなで取り囲み、それを共同作業で食べながら体力を付けていった。徐々に体も大きく育ち始め、ちょっと強いくらいの潮の流れには負けなくなっていた。何日かが経って、ようやく暖かい水の流れに遭遇した。しかしそれは途中で途切れていて、再び暖かい水を探し続けた。さらに2日が経ち、今度の暖かい潮は、なかなか途切れることはなかった。心なしか今までよりも体を包む海水が暖かい。心地良い暖かさが、メッキーたちの気分を盛り上げてくれた。彼らはよりいっそうの団結で、そこから一気に南の海を目指して泳ぎ始めたのだった。

 そんなメッキーたちを襲うできごとが起きた。ここ数年は水温の高い年が続いていたらしく、黒潮に乗って接岸しているシイラたちに遭遇してしまったのだ。それほど沖を泳いでいるつもりはなかったのだけど、シイラたちの方が岸近くにまで押し寄せていたんだ。当然シイラという魚に出会ったことのないメッキーたちは、大きな魚がいるなぁ〜と思いながら、浮いている流木の近くの小魚を食べ始めていた。

 するとメッキーたちがバシャバシャと小魚を追いかけている音に反応して、その大きなシイラたちが近寄ってきた。メッキーたちは、シイラたちもこんな小さな小魚を食べるのかと思っていた。ところがシイラたちは、魚雷のように突っ込んできたかと思うと、メッキーたちの仲間を次々と食べ始めた。

「うわぁ〜、痛い!」

「助けてくれ〜、なんだこいつはぁ〜!」

 メッキーたちは慌ててその場を去り、減ってしまった仲間と共に再び泳ぎ始めた。そのとき初めて、シイラたちが自分たちにとっても敵であることを知った。メッキーたちも小魚を食べて育ってきたように、シイラたちもメッキくらいの大きさの魚をエサにしていることを知った。これが自然の摂理であり、弱肉強食の世界に生きる自分たちの宿命なのだと思った。それだけに水温低下で死滅することのはかなさを、素直に認めることはできないのだ。

「驚いた!南の海から流されてきたときには知らなかったけど、静かな海にはこんな危険もあるんだ」

「すいぶん仲間が減っちまったな。半分くらいになっちまったかな」

 ロンおじさんがそういうと、悲しくて泣き出すメッキもいた。仲良しだった友達をシイラに食べられて、「やっぱり来なけりゃ良かった」と言い出すメッキもいた。それでもリーダー格のメッキになだめられて、より結束を深めたメッキたちは、南の海を目指して泳ぎ始めていた。もうどのくらい泳いだだろう。自分たちがいた西伊豆という場所から南下して、もう伊豆半島からだいぶ離れている。南伊豆と呼ばれる場所を通過して、さらにその沖の方を泳いでいるようだ。そろそろ湾内から外海に出るので、潮の流れもきつくなってくるはずだ。

「おい、ちょっと待て。これってやばくないか?なんかウネリが増えてきてるみたいだぞ」

「ロンおじさん、外海だからじゃないのかな?」

「それならいいけど、まさか台風が来てるんじゃないだろうな?」

「とにかくここまで来たら戻れないよ。進んでみよう」

 みんなもその気になっているので、メッキーたちは南伊豆を過ぎたこの辺りから、徐々に南方向へと進路を変更することにした。うまくすればこの暖かい枝の潮に乗って、南の海へ戻れるかもしれない。みんな口には出さないけど、気持ちは同じだった。今までよりも元気よく、どんどん暖かい潮の方向へと向かっていった。ところがロンおじさんの思っていたことが現実になってきてしまった。ウネリは外海の影響ではなく、やはり台風の接近によるものだった。風は強くなり、波も高くなり始めていた。体の小さなメッキたちは、既に自由を奪われた状態になりつつあった。

「やばいぞ!このままだと反対方向に流される!」

「みんな!できるだけまとまっていよう!少しずつでも岸に近い方へ頑張って泳いでみよう」

 しかし小さなメッキーたちにとって、荒れ狂い始めた海の流れは、とてもたちうちできるものではなかった。薄れゆく意識の中で、メッキーたちは今までのことを思い出していた。自分が生まれ育った南の海のこと、そして伊豆に来てからギンちゃんたちと楽しく遊んだときのこと。どれも楽しい思い出ばかりだった。このときばかりは、メッキーも自分のとった無謀とも思える行動に嫌気がさしていた。

 どれくらい時間が経っただろうか。何度も気絶しそうになりながら、みんなで身を寄せ合って岸に向かい、そして一生懸命泳ぎ続けた。海もようやく静けさを取り戻し始めた頃、再び岸がハッキリと見えてきた。幸運にもみんな無事で、涙を流して喜んだ。とにかくだいぶ食事をとってないので、近くの岸に寄ってみることにした。心なしか水温が暖かいような気がした。ひょっとして「南の海?」という言葉が頭をよぎったけど、あれだけの荒れた海で南に泳げていたとは誰も思ってない。

 ようやく岸近くに辿り着くと、そこは今までの伊豆の海とは違う風景だった。自然の木などは見えず、小さな漁港や砂浜も見えない。何だかとんでもない場所に流れ着いたみたいだ。煙の出る背の高いものがあったり、四角い建物がたくさん立ち並んでいる。空も何となくスッキリせず、青さがまったく感じられない。でも不思議なのは、思ったほど水が冷たくなってないことだ。みんなで寄り添うようにしながら、その暖かい方向へと泳いでいった。すると強い流れがあって、それが暖かい水の出所だと分かった。

「ここが南の海なの?」

「違うよ。ボクもこんな場所には来たことがない」

「そうだよな。周りがたいしたことないのに、この強い流れの場所だけが暖かいよな」

 メッキーたちは何がどうなっているのか分からないまま、いきなり目の前に現れた小魚の群れを目指して泳いでいた。するとメッキーたちが飛びかかるより先に、いきなり水面がバシャバシャと騒がしくなった。誰かが小魚たちを追いかけて食べている。メッキーたちは沖でシイラに食べられかけたことを思い出し、そこへ向かうのを躊躇した。しばらく様子を見ていると、その小魚が逃げてきた。

 目をこらして見ると、その後ろにはメッキーたちと同じギンガメアジやロウニンアジがいた。しかも自分たちより大きく育って、みんな30〜50cmくらいある。南の海でもないのに、そんなに大きくなった仲間がいるはずがない。ひょっとしたら自分たちは死んでしまい、ここは天国なのかと思ったりもした。しかも目の前にいるギンガメアジが、伊豆で仲良かった友達のギンちゃんに見えるのだから・・・。

「ねぇ、ボクたち死んじゃったのかな?ここって天国?」

 みんなポカ〜ンとして、目の前の光景を眺めている。するとギンちゃんに似ているギンガメアジが寄ってきた。

「お〜い、まさか、ひょっとしてメッキーか?メッキーだろ?」

「えっ?やっぱりギンちゃんなの?」

「そうだよ。お前どうしてこんなところにいるんだよ」

「ギンちゃんこそ。釣られちゃったんじゃないの?心配してたんだよ」

「うん。釣られちゃってね・・・。でもすぐに逃がしてもらえたんだ。港の堤防の反対側にね。それで怖くなって、こんな所にはもういられないって思って・・・。前にメッキーが言ってたじゃん。南の海に帰りたいって。話を聞くたびにいいところなんだろうなぁ〜って思ってたから、何にも考えないで沖に泳ぎ出しちゃったんだよ。そうしたら途中で台風に出会っちゃって・・・。気がついたらここにいたんだよ。でもここは水が温かいし、なんかちょっと汚れてる場所もあるけど、エサの小魚もいるし、ここなら寒さで死なずに済みそうなんだよ」

「寒さ?それってあの暖かい水の流れのこと?」

「そうさ。よく分からないけど、暖かい水があそこから流れてくることが多くてね。ここには何年も生きている大きなギンガメアジやロウニンアジもいて、話を聞くとみんな流されてきたみたい。でも暖かいから冬になっても死なずに済んで、ここまで大きくなったんだって。オレもだいぶ大きくなっただろ?」

 どうやらメッキーたちが迷い込んだこの場所は、発電所の温排水が流れ出している場所らしい。人に釣られるのを嫌って伊豆を飛び出してしまったけど、ひょんなことから人間が作った施設の出す温排水に助けられるなんて、メッキーたちは夢にも思わなかった。しかも死んでしまったと思っていたギンちゃんに再会できて、本当に驚きの連続だ。本当は南の海に戻りたいけれど、やっぱり難しいだろう。今度こそ死んでしまうかもしれない。

「メッキー。一緒にみんなでここに住もうよ。なかなかいい場所だよ。水は汚れてるけどね」

「うん。みんなでここに住もうよ。住み慣れちゃえば、ここも良さそうだよね」

 メッキーたちは友達との再会を果たせて、本当に嬉しそう。他のみんなに聞くと、やっぱり南へ帰りたくて外海に出たら、台風に負けてここに押し流されてきたらしい。生き抜くことを諦めずにいたみんなが、ここに集結していたんだ。強い気持ちを持って頑張れば何とかなるということを、メッキーたちは教えてくれた。これからもみんなで助け合って、メッキーたちはここでしぶとく生き抜いていくことだろう。


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