Light Tackle Lure World 
●Tale-3 アオリイカからのお願い
  1年という短い一生を頑張って生き抜き、アオリイカは子孫を残し続けている。

 見渡す限り、周囲は海藻が生い茂っている。近くには透き通った膜の中に入った、無数の仲間たちがいる。この世に生を受けて、そろそろボクたちはここから外の世界へ飛び出そうとしている。この狭い部屋の中にももう飽きた。体が大きくなってきたから、そろそろこの家ともお別れだ。周りの様子を見ていると、ピュンッ、ピュンッと小刻みな動きをしながら、次々と膜から外へと飛び出している。ここは海藻の生い茂った潮通しのいい場所で、ボクたちが育つには申し分のない条件が揃っていたようだ。水深も浅くて、岸から近い場所にこの家はあった。近くにはボクたちがこれから食べていくのにちょうどいいサイズの、小さなボラたちもたくさん泳いでいた。そう、ボクたちはアオリイカの赤ちゃんだ。

 さあ、ボクもいよいよここから飛び出すときがきた。仲間たちの後を追うように、ボクも力をこめて膜を突き破ろうとしてみた。しかしなかなか思うようにできない。何度か力を入れて体を伸ばしていると、ようやく小さな穴があいた。そこに体を差し込んで、何度も体を動かしてみた。一生懸命に暴れていると、その穴は徐々に広がっていった。そしてついにボクは、外の世界へ飛び出すことができた。広い世界で体を思いっきり伸ばして、与えられた命を存分に楽しみたい。後ろを振り返ってみると、ボクが今までいた透き通った膜は、海藻にたくさん集まってくっついている。近くを見てみると、他の海藻にもたくさん同じように密集していた。自分を産んででくれた親は見たことないけれど、ここが自分たちの産卵場所だったとは、本能的に感じ取っていた。そこからは次々と仲間たちが膜から飛び出して、広い世界への旅立ちをみんなで喜んでいた。

 すると突然、辺りが急に騒がしくなった。今しがた生まれたばかりの仲間たちが、集まってこっちへ逃げてくる。下の方からどんどん水面へ向かって、逃げているような感じだ。何が起きたのか分からないまま、ボクは一緒に水面の方へと逃げていった。逃げながら下の方を見ると、そこには大きな口をあけた魚が、生まれたばかりの仲間たちを手当たり次第にバクバクと食べている。「海底の近くは恐ろしい!」そう印象付けられた。ボクたちが小さいうちは、あまり海底に近い場所にはいない方が良さそうだ。生まれたばかりなのに、こんな簡単に死んでしまうなんて考えたくない。

 海面へ浮かぶようにユラユラと漂いながら、ボクたちは茫然としながら海底の方をなす術もなく眺めていた。仲間たちの多くは海面に散りながら逃げていったけど、いくつかは大きな口をあけた魚に食べられてしまった。その魚は海底に棲んでいるらしくて、近くにボクの仲間たちがいなくなると、再び海底へと潜っていった。そして新たに仲間が膜から出てくると、どこからともなく現れては、仲間たちを食べていた。海底には海藻の周辺に岩があって、そこが奴らの隠れ家になっているようだ。いずれにしても、この小さな体で海底に近づくのは、命の危険だと誰もが思っただろう。

 しばらく体を波にまかせて漂っていると、辺りが暗くなったり明るくあなったりしている。不思議に思っていると、いきなり水面に何かが飛び込んできて、近くにいたはずの仲間がいなくなった。そしてすぐにまた何かが飛び込んできた。そこから急いで離れながら振り返ると、仲間を咥えて空へ飛び立っていく何かの姿が見えた。口に咥えられた仲間は、空高く連れて行かれ、そしてすぐに見えなくなった。そして再び水面へ飛び込んで、また他の仲間を咥えていった。残ったボクたちは、そいつがあまり深くは潜らないことを知った。急いで声を掛け合って、そいつが届かないくらいの深さにまで潜った。海面から50cmくらいだろうか。あまり深い場所へ逃げてしまうと、こんどはさっきのヤツが海底から追ってくると厄介だ。

 広い世界に飛び出したボクたちは、いつのまにか散らばっていた。ここにいる仲間たちと、とにかく安全な場所を探そうと話しあった。岩場の海底はダメ、海面はダメ。安心なのは海面からちょっと潜ったあたりだということは、みんなも意見が一致した。しかしちょと風のある場所へ行くと、波で体が揺られすぎて不安定になる。自分の意思とは裏腹に、どんどん流されていってしまう。「とにかく波の影響を受けにくい場所へ移動しよう!」ということになった。岸近くに沿って一生懸命泳いでいくと、どうやらそこにあった港の中に入れたようだ。外からの波の影響がほとんどなく、周りには船がたくさん浮かんでいた。たまに出入りしている船の出す波で、ボクたちはユラユラと漂っていた。

「ここなら安心かな。海底に岩や海藻もないし、敵はいないみたい」

「そうだね。水深もあるから、海底の奴らがいたとしても大丈夫だよ」

「空から飛び込んできても大丈夫だよね。この船の下に隠れちゃえばいいんだから」

「そうだね。やっと安心できるよ」

「あっ、見てごらんよ。そこに水が出ている場所がある。たくさん小さなボラがいる」

「ホントだ。ボクたちが食べるのにはちょうどいい大きさだね」

 彼らは生まれてから何にも食べていない。短い時間の間に、多くのことがありすぎた。仲間が食べられたことにショックを受けている間もなく、とにかく自分たちが安全な場所へ逃げることで精一杯だった。彼らはボラたちに気づかれないよう、静かに漂うような動きで水の流れに向かっていった。ボラたちよりもわずかに深い場所を移動して、とにかく気づかれないように近づいていった。わずか2cmほどのボラたちは、生まれたばかりのボクたちにとってはかなりの大物だ。それでも頑張れる・・と、本能が自分自身に語りかけている。

 ボクが先陣をきって突撃した。一気に近づきながら長い足2本を伸ばし、そしてボラの体にしがみついた。ボラは一生懸命暴れている。ボクは足を引き寄せるようにした。実際には足を縮めようとして動いたのは、ボラではなくボクだったかも知れない。斜め下の方向から抱え込んだので、足を上手に動かしながらクルリとボラの向きを変えた。頭の方向を包み込むようにして、一気に頭の後方にかじりついた。「シャカシャカシャカッ!」と鋭く素早い動きで、そのボラにかじりついた。ボラはそれが致命傷になったのか、体を痙攣させるようにピクピクと動いている。

「やった、ボクの勝ちだ!生まれて初めて、自分でエサを獲ったぞ!」

 ボクは初めての経験に興奮しながら、周りの仲間たちに感激を伝えていた。すると仲間たちも一斉にボラへ向かって近づき、どんどんボクと同じように次々と抱きついている。無事にみんなが長い時間をかけた食事を終えて、満腹な至福の時を迎えていた。しかし食後の安息のときでも、今度は自分たちが狙われる可能性もある。安心できるように、近くの船のところまで移動した。ここなら上から狙われる心配もない。

 周りの仲間たちを見ると、体の中に銀色の部分が見えていた。ボクたちの体は海中で透き通って見えるので、食べたものが分かってしまう。透き通っていることで見つかりにくかったので、よけいにそこへ居ることがばれてしまいやすい。こういった隠れ家を持っていることで、自分自身を守っていかなければならないのだ。こうした生活をしながら、ボクたちはどんどん育っていった。気がつくと季節は夏から秋に移り変わっていた。ボクたちの体もだいぶ大きくなって、海底の大きな口の魚にも負けないくらいになっている。徐々に深い場所へも移動していきたい。体が大きくなってきたから、食べる魚も大きくしていきたいからだ。

「ねえ、みんなぁ〜。もうちょっと深い場所に行かない?」

「そうだね。たくさん食べたいのに、小さいボラしかいないから大変だよ」

「でしょ?!」

「そろそろ港口の辺りから外にかけて、生活しても平気じゃないかな?」

「うん。体も大きくなったから、底の奴らにも負けないぞ!」

 少し育ったアオリイカたちは、途中の船や海藻に身を隠しながら、徐々に港口へと向かって移動していた。ここには彼らの思っていた通り、イワシやアジが回遊していた。群れの近くに潜みながら、近くへきたときに忍者のような素早さで抱きかかえる。エサの魚を捕まえるのにも、みんなだいぶ慣れたようだ。まだ子供なのだけど、気分は十分に大人になっていた。しかしその過信が、彼らに悲劇を生むことになるとは、まだこの時点では誰も知らなかった。

「あっ、今ポチャンて音がしたね」

「水面から沈んでくる。あれっ?魚だよね?」

「ホントだ。泳ぎだした。左右に暴れている」

「弱っているみたいだね。あれなら簡単に捕まえられそうだね」

 そう話していると、元気のいい仲間がそれに向かっていった。暴れるその魚は、時々ゆっくりと沈んでいく。ちょっと不自然な動きをしたかと思うと、再び上に向かって激しく暴れながら泳いでいく。仲間はその魚に気づかれないよう、徐々に間合いを詰めて近寄っていった。そして次の暴れがおさまって沈み始めた瞬間に、長い足を伸ばして後方から抱きついた。そして器用に片方の足を縮めながら、その魚の頭を抱え込もうとした。その瞬間に、仲間の足には痛みがはしった。

「痛い!」

「どうした?」

 それ以上の声をかける間もなく、どんどん岸のほうへ引っ張られていく。仲間は墨を吐き出して抵抗しているけれど、その捕まえたはずの魚に引っ張られている。元気がよすぎる魚を狙ったからなのか?と、みんなは思っていた。ところが状況がちょっとばかり違うようだ。堤防の際まで連れて行かれたら、そのまま魚と一緒に空へ飛び上がってしまった。どうやら魚だと思っていたのは間違いで、噂に聞く「釣り」らしいということは、みんなも気がついたようだ。

「あれって釣りだよね?人がいるんだよね?」

「そんじゃないかなぁ〜。おっかないよ」

「あいつは戻ってこれないよね?」

「そうだろうなぁ〜」

「オレだってさっきの動きにドキドキしてたんだよ。なんか引き寄せられそうだった」

「ボクもだよ。ついつい興奮してきちゃった」

 彼らアオリイカは、目の前であんなに激しく鋭く動かれると、本能的にやる気満々で飛びつきたくなってしまうようだ。元気がいい魚というよりも、弱って暴れている魚だから捕まえやすいと感じてしまうのだろう。そんなアオリイカたちの習性を利用した釣り方が、人間の世界では流行っているのだろう。本物のエサを食べさせてもらえるわけでもなく、ボクたちはあんなにもあっさりと釣られてしまう。情けなさを感じながらも、よほど気をつけないといけないと、みんなで決心を固めていた。それからはみんなで行動しながら、お互いに注意しあって釣られないようにしていた。たまに大きくなった仲間が単独行動でいると、ついつい釣られてしまうこともあった。しかしアオリイカの子供たちは、そのほとんどが釣りから逃れてさらに大きく育っていった。

 時は過ぎ、海水温が下がっていた。季節はいつの間にか冬になっていた。この時期の水はボクたちアオリイカにとっては冷たすぎる。風が吹くと水面付近の温度がどんどん変化するから、あまり棲みやすいとは言えない。ボクたちもだいぶ大きくなって、十分い大人と言える体になった。重さにして1kgくらいになっただろうか。釣りが怖かったり、エサを捕まえるのがヘタだった仲間は、あまり大きく育ってなかった。400gくらいだろうか。これくらい長く生きていると、食べているものや生活の環境によって、育ち方も違っていることを知った。もちろん膜から飛び出して生まれる時期が遅かった仲間は、その分だけ育ちも遅れている。ボクはワリと早く生まれた方なので、仲間の中では大きく育った方みたいだ。

 さて、とにかくこの浅い場所は海の外の気温の影響を受けやすい。できることなら水温の変化は少ない方が、ボクたちも生活を続けやすい。寒くなるとエサの魚も少なくなっているので、ここにいつまでもいる意味は少ない。そしてアオリイカたちのほとんどは、深い場所への移動を決意した。棲み慣れた港の周りを離れて、どんどん深い場所へと潜っていた。たまに休憩して体を水深に慣らしながら、みんなで深く潜っていった。この頃になると徐々に仲間とも離れ始めて、少なくなったエサをそれぞれが食べやすいように意識していた。食べる量が多くなるので、みんなでまとまっているよりも、それぞれのテリトリーを持つ必要性を感じたのだろう。

 ボクは水深が20〜40mくらいの場所を行き来して生活していた。昼間は深い場所、朝と夕方はエサの群れが浅い場所に寄ってくるので、そのときとばかりに食べるための浅場への移動をしていた。時は過ぎ、ようやく水ぬるむ春がやってきたようだ。ボクたちは仲間たちと再会を誓っていた浅場へと、再び移動を開始した。途中で徐々に仲間たちと合流して、お互いの無事をたたえあった。しかし話を聞くと、深場でも釣られてしまった仲間もいたらしい。上から降りてきた魚が上下に躍っていて、エサを獲りにくい時期だからつい飛びついてしまったようだ。かなり仲間の数は減ってしまっていた。同じ場所に戻らず、他の磯の海藻が生い茂った場所へ移動した仲間もいるらしい。

 とにかくこの大きくなった体では、分散した方がエサもそれぞれが食べやすいだろうと、他の仲間たちも話していたようだ。実際にボクの体も大きくなりすぎて、重さにしてゆうに2kgを超えてしまっている。幸いこの場所には、夕方や夜になると大きなアジが寄ってくる。それを食べればここにいる仲間たちとも暮らしていけそうだ。それと同時に、ボクたちにはある気持ちが芽生え始めていた。大人になって春の季節といえば、徐々に産卵行動へと生活の中心が移行していく。そのためには相手とペアになる必要がある。幸い群れの中にはお気に入りのメスがいて、深場でも一緒に生活をしていた。自分たちが生まれ育ったこの場所には、ボクたちが生まれた海藻も残っている。冬の間は枯れていたけど、春になってどんどん生い茂ってきていた。ここを自分たちの産卵床にしようと決めた。

「やっぱり自分たちの生まれ育った場所が安心するね」

「そうね。なんかワクワクしてきちゃう」

「本能で自分たちのすることって分かるんだね」

「ホントに不思議!」

 産卵床の藻を決めて、とにかく今は体力をつけるとき。深場から戻ってきたばかりで、体もかなり疲れている。昼間はこの産卵床の近くにいて場所取りで、夜はちょっと出掛けてエサを食べてくる。そうした生活をしばらく続けていた。時々、昼間でも産卵床の近くに集まる小魚を食べながら、ボクたちはノンビリと過ごしていた。この時間がずっと続けば嬉しいなと思っていた。しかし産卵を終えてしまえば、ボクたちの短い一生は終わりを告げる。産卵行動に体力を使い果たした頃、ボクたちの寿命もやってくるんだ。

「そろそろ産卵の時が近づいてきたみたい」

「そうかい。いよいよだね。楽しみだ」

 メスのアオリイカは、次々と卵を藻に産み付けていった。そして・・・。体力を使い果たして、アオリイカたちは疲れきっていた。でもまだ終われない。この卵たちを育てるため、この場所にいて守りきらなければならない。とにかくエサを食べて体力を戻し、少しでも長く生きていかなければ。そう言ってお互いを励ましあいながら、2杯のアオリイカは頑張りの生活を続けていた。周囲でも同じように大きくなった仲間たちが、産卵のための行動を始めていた。産卵は何度かに分けて行われるので、ボクたちも体力の続く限り頑張った。少しでも多くの子孫を残すために・・・。

 すると再びあの恐怖がよみがえってきた。堤防の上に釣り人が来て、あの不思議な魚を投げ込んできたのだ。体力を復活させたい仲間が、欲望にかられて飛びついてしまった。彼も大きな体で、2kgはあるだろう。分かってはいたのだろうけど、本能というものには逆らえなかったようだ。メスのアオリイカを産卵床に残し、どんどん引き寄せられていく。その目には諦めも見えていた。それでも一生懸命抵抗して、何とか逃れようとしている。するとうまい具合に体が切れて、そのハリの部分から逃れることができた。彼は痛みを感じながらも、急いで自分のいた産卵床へと戻った。とにかく身を隠したくて、彼女と一緒に岸から離れた深い場所へと移動していった。

「良かったねぇ。彼は無事に逃げられたみたい」

「ホント。ドキドキしちゃった」

 すると再び別の仲間の産卵床に、それが飛び込んできた。今度はそこにいた仲間が威嚇のつもりで飛びついてしまった。運悪くハリにかかってしまい、どんどん引き寄せられていく。そこにいたメスは、引き寄せられていく彼を慌てて追っていく。お互いに涙を流しながら・・・。しかし残念なことに、彼は水中に入ってきた網ですくわれて、帰らぬイカとなってしまった。すぐに他の釣り人の投げたものが彼女の近くに落ちてきたけど、無視して涙を流しながら逃げていった。大物を釣り上げて満足したのか、その釣り人は去っていったようだ。

「連れて行かれちゃったね、彼・・・」

「とりあえず私たちが見つからなくて良かった」

「そうだね。大きくなると目立っちゃうからね」

 日が経つにつれて、こうして仲間も徐々に減っていった。連れて行かれた彼のそばに投げ込まれたものに抱きついて、一緒に連れて行かれたメスもいた。しかしボクたちは頑張って、最後まで産卵を続けることができた。いつの間にか体も白っぽくなって、いよいよ終わりのときが近づいてきたようだ。徐々に潜っているのも辛くなり、体は水面に浮くようになってきた。しかし再び潜ろうとしてもすぐに浮いてしまい、ついには人間に見つかってしまった。産卵を終えていることが分かったのだろうか、その人間たちは無残にも大きなハリでボクたちを引っ掛けた。たいした抵抗もできずに、ボクたちはこうして短い一生を終えることになってしまったようだ。

 そして再び暑い夏が来て、その海藻が生い茂った場所に、新たな命が芽生えていた。彼らが命を賭けて守り通した、産卵床にいる膜の中のおチビちゃんたちが、ようやくその中から飛び出す季節になったのだ。1年というアオリイカの短い一生は、人間にとってはあっという間かもしれない。しかしアオリイカにとっては、長く続く試練の一生でもある。ようやく子孫を残そうとしている時期に、こころざし半ばで連れ去られたアオリイカもいた。はかない一生だ。彼らアオリイカからのお願いだ。子孫を残し続けるためにも、産卵できる状態の仲間を連れ去らないでほしい。できればそっとしておいてくれると、その短い一生を悔いなく終えることができるだろう。人間たちの身勝手で、アオリイカたちを絶滅させないで!


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