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静かな夜の海に、彼らは集まっていた。ベイエリアの片隅で、常夜灯が照らす海の中、「メバッチ」たちは小魚やゴカイなどを食べている。大きなメバルたちは斜め上のほうを見ながら、頭上にいる小魚を「パクッ!」と食べては戻ってくる。小さなメバッチたちは、岸壁沿いの影に隠れて近くの小さな小魚やエビ、ゴカイを咥えるように食べている。まだ子供で体が小さいから、メバッチの口からは食べたエサがはみだしている。大人のメバルたちは、エサを吸い込むように食べているようだ。小さなメバッチたちには、それが上手にできないのが残念でならない。
「早く大きくなりたいなぁ〜。口が小さいから、大人たちみたいにひと口で吸い込めないんだよなぁ〜!」
「しょうがないだろ。まだ子供で口が小さいんだから。お前たちは自分の口にちょうどいいエサを食べればいいんだよ。口からゴカイがピラピラ出たまんまになってるのって、かなり笑えるぞ」
ちょうど小魚を食べて横に戻ってきた、大人のメバル「メバジィ」がそう話しかけてきた。メバッチは羨ましいなぁ〜と思いながら、メバジィの話を聞いていた。再びメバジィは、近くの水面にいる小魚めがけ、一気に飛び出して咥えながら戻ってきた。体長が25cmほどのメバジィにとって、5cmほどの小魚はひと飲みだ。いったい何尾くらいの小魚を食べたら、メバジィはお腹がいっぱいになるんだろう?とメバッチは思った。
「ねえ、メバジィさん。ボクも大きくなったら、メバジィさんみたいにたくさん食べれるよね?」
「ん〜?そうだなぁ〜、大きくなったらな。でも今からいっぱい食べておかないと、早く大きくなれないぞ」
「うん、分かった。頑張って食べる!」
メバッチはメバジィのマネをして、自分とたいして違わないくらいの小魚に向かって飛びかかっていった。しかし小魚はメバッチの口には大きすぎて、とても食べることなどできない。何度チャレンジしても、小魚たちは相手すらしてくれない。うるさいやつがまとわりついてくるとでも思っているのだろうか。ときには近づくメバジィに対して、いきなり振り向いて脅かすようなしぐさをみせるほどだ。
「おいおい、メバッチ。いくら早く大きくなりたいからって、そんな大きな小魚はお前には無理だろ。もっと自分にあった大きさのエサを食べなよ」
「う〜ん、早く大きくなりたいからって思ったんだけどなぁ〜。やっぱり無理みたいだね」
「そりゃそうだろ。向かっていって自分が食べられちゃうぞ〜」
「ひぇ〜、そりゃ困る。ゴカイとかエビで我慢しておくよ〜」
メバッチはとりあえずチャレンジを諦めて、自分の近くにいたゴカイを食べ始めた。それでも吸い込むのがじょうずじゃないメバッチは、ゴカイを食べると口からはみだしてしまい、しばらくは「ハグハグ」しているようで具合が悪かった。何度かゴカイを咥えなおして、ようやく口が楽になった。
「ふ〜、やっと飲み込めたよ。ゴカイでも大変だ〜。ねえ、メバジィさん。もっと上手に吸い込めるコツってあるの?
「コツ?そんなもんないよ。食べたいと思ったら、一気に吸い込んじゃえばいいのさ。まあお前は体が小さいから難しいだろうけどな」
メバッチはちょっと頭にきていた。メバジィさんだって子供の頃はあったんだから、そんなにボクのことを「小さい」ばかり言わなくたっていいのに・・・、と心の中で思っていた。でもメバジィさんが小さいときのことを頭に思い浮かべて、「ハグハグ」食べてる様子を考えてみた。そうすると何だか気持ちも落ち着いて、ついつい思い出し笑いみたいに吹き出してしまった。
「クククッ! ハッハッハッ〜!(^^)」
「どうした?頭がおかしくなったか?」
「ううん、そうじゃないよ。ちょっと面白いことを考えちゃったんだ」
「変なやつだなぁ。オレはもう帰るぞ。お腹がいっぱいになったからな」
メバジィさんの子供の頃を想像して笑っていたなんて、とても話すことはできなかった。メバジィさんが帰った後も、メバッチは一生懸命エサを食べる練習をしていた。なんとなく目の前のエサを一気に吸い込むコツみたいなものが分かってきた頃には、メバッチのお腹はパンパンに膨れ上がっていた。とてもこれ以上食べることのできないメバッチは、みんなが先に帰っていった深い場所にヨタヨタと潜っていった。
「ふ〜、もうお腹がいっぱいだよ。また明日!」
次の日の夜も、メバッチはいつもの場所でエサを食べる練習をしていた。この場所は岸が公園になっているらしくて、夜になるとカップルが散歩に来ている。今日も岸のほうでは人の声がしている。「またいつもの人間が散歩にきてるんだな」と、メバッチはそう思った。その声がするほうには、2人の人影が見えた。いつものことだと思い、メバッチは気にもせずどんどんエサを食べていた。ようやく食べ方に慣れてきたメバッチは、ちょっと遠くにいる小魚に挑戦しようと思った。自分より小さな小魚が、そこにたくさん集まっていたからだ。たまにその近くでピシャッと音がして、仲間たちがその方向に泳いでいく。メバッチも気が大きくなっていたので、その小魚に近寄っていった。
「あっ、ちょうどいい大きさのが泳いでる。あれなら吸い込めそうだ」
メバッチはス〜ッと小魚に近づいていった。するともう1尾、面白い動きをしながら泳いでいるゴカイみたいなものが寄ってきた。まずは小魚を食べる前に、こいつを食べて気を落ち着けようと思った。そして振り向きながら「パクッ!」とそのゴカイを口に吸い込んだ。「よし!じょうずに吸い込めたぞ・・・と喜ぼうと思った瞬間、「痛い!!」という言葉が口から出た。そう、メバッチは釣られてしまったんだ。
「痛いよぉ〜、離せ〜!」
メバッチは一生懸命に抵抗したけど、口にしっかりハリが刺さっているようで、なすがままに引っ張られていくだけだった。
「おっ、な〜んだ、小せぇなぁ〜」
「なに言ってんだよ。釣れただけでもいいだろ。メバルに感謝しろよ」
口の痛さで薄れゆく意識の中、そんな会話がメバッチに聞こえていた。すると急に息が苦しくなり、大きな目で周りを見ると、そこにはいつも海の中から見えている景色があった。そう、メバッチは海の中から外に引き出されてしまったので、息苦しくなってしまったんだ。
「小さいんだから、早く逃がしてやれよな」
「分かってるよ。今逃がしてやれば、明日はお父さんを連れてきてくれるかもしれないって言うんだろう」
「お母さんでもいいけどな(笑)」
「なんだ、ずいぶん暴れてるな。魚も口にハリが刺さると痛いのかな?」
「海から出ちゃったから息ができないんじゃないの?」
メバッチは息苦しさを訴えるように、「うん、うん」とうなずくように暴れてみせた。その釣り人はすぐにプライヤでハリをつまみ、メバッチの体には触らないようにして海の中へ戻してくれた。メバッチは海の中へ戻っても、しばらくは苦しくて潜っていくことができなかった。とにかく急いでこの場を離れたかったのだけど、それができなかったのだ。メバッチにとって、その時間が一番の恐怖に感じられた。
「お〜い、今度はお父さんかお母さんを連れてこいよ」
ようやくゆっくりと泳ぎ始めたメバッチは、そんな釣り人の声に驚いていた。!「誰がこんな思いをするところに、お父さんやお母さんを連れてくるかい!」そう思っていたからだ。話には聞いていたけれど、まさか自分がこんな目に遭ってしまうとは、メバッチは夢にも思わなかったのだ。この日はもう食事どころではなかった。今度は岸からもっと離れた場所で食事をしようと、心に決めたメバッチだった。 |
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