帰り道が消えて。。。


 それは私が渓流のヤマメやアマゴ釣りに夢中になっていた頃の事です。時間さえあれば、箱根の早川に流れ込んでいる須雲川に通っていました。朝マヅメ、夕マヅメといった具合に、そこはいつもの通いなれた場所でした。

 その日は後輩が一緒に行くというので、いつもの場所から入渓して、いつものように自分で決めている出口の部分から林を上って行きました。当然通いなれたルートだし、一緒にいた後輩も同じように歩きなれている場所です。川から上がってそのまま斜面を歩いていくと、そこは箱根の旧街道に出るはずでした。ところが、その日に限って何となく違った景色の場所に出てしまったのです。

「あれっ? 夢中で話をしてるうちに、ルートを間違えたかな?」
「こんな道で間違えるはずないけどなぁ」
「あっちで車の音が聞こえてるから、そっちでいいはずだよ」
「そうだね。こっちに行けば、間違えても上の部落に出るだけだからね」

 しかし、歩いても見なれたルートに出ることができません。途中にY字路みたいに見える場所があって、そこを右に上ると道路へ、左へ行くと上の部落へ行くのですが、気がつくと再び同じ場所に出てしまったのです。2人揃って通いなれた道を間違えるなんて考えられません。しかも、この狭いエリアで同じ場所へ戻ってしまうなんて、どう考えても納得できません。

「どうしちゃったんだろう? 部落の方にいってみるかい?」
「う〜ん、寒い・・・」
「えつ? 歩きすぎて暑いじゃん!」
「寒気がする・・・。それに冷や汗が出てきた」
「そう言えば俺も冷や汗がでてきたよ」

 2人は夢中でいつもの出口と思われる方向へ歩いていきました。歩き疲れているはずなのに、2人ともかなりの早足で歩いています。そして気がつくと、恐ろしいことにまたもや先ほどと同じ、いつもの分岐点に戻ってしまっていたのです。

「お〜い、おかしいぞ、これ・・・」
「そうだよね、絶対に変だよ!」

 2人は汗ダクダクなのですが、何故か相変わらず冷や汗のようにヒンヤリとしたモノを感じ続けていました。そして再び歩き続けたのです。1時間ほど歩き続け、辺りは完全に真っ暗になっていました。そこで目に入ってきたのは、遠くに見える車のライトです。

「あっ、今の車のライトでしょ」
「そうだな! あっちに行けば、その辺りの道路に出られるね」

 そして出た場所は、道路の下を通過して須雲川に流れ込んでいる支流でした。いつのまにかいつもの出口からかなり下がった場所まで来ていて、先ほどまでの寒気と冷や汗は落ち着いています。足場はかなり悪いのですが、後戻りするよりマシだとの判断で、無理やり道路脇の橋のたもとへ上りました。ようやく恐怖の状態から脱する事ができたのです。

「良かったぁ〜! 出られたぞぉ〜」
「ホントに良かったヨォ〜。出られなかったらどうしようってあせったヨォ!」
「でもおかしいよなぁ。間違える道じゃないのに」
「そうだよね・・・」

 道路をテクテクと歩き、ようやく2人は車まで戻ってこれました。それ以来、ボク達2人は、須雲川のその場所へは釣りに行っていません。あのときに感じた寒気と冷や汗が、とても普通ではなかったからです。帰り道が消えるなんて・・・、この恐怖は、経験した人でないと分からないでしょうねぇ・・・。


お帰りは こちら ですよぉ〜