2009.05  Vol.1 トビマル



今回から、ボクの懐かしい思い出のタックルを紹介しながら、ちょっとしたエピソードを書き綴ろうと思う。ひょっとしたら、これを読んでいるアナタにも、似たような思い出が詰まっているかもしれない。さ〜て、第1回目の登場は、「トビマル」だよ〜。


 みんなは、どれくらい前から釣りをやっているのかな。ボクは子供の頃から色々な釣りを楽しんでいるんだけど、気合いを入れて本格的な海のルアーに目覚めたのは1992年の秋・・・。

 その頃からフィッシングライターとして原稿を書かせていただいていたから・・・、もう随分と長くこんな仕事をやっていることになるんだな〜。改めて思い出してみると、いろんなことがあった。

 みんなもこれをキッカケに、ちょっと昔のことを思い出してみようよ。昔話をするのって歳をとった証拠だな〜んていう人もいるけれど、アングラーの楽しみって思い出話も含まれていると思ってるのは、たぶんボクだけじゃないよね〜。

 さてさて、メッキを始めとする海のライトルアーにのめり込んだこの頃、さっそく翌年にオフショアのルアーへとデビューしたのであった。ターゲットの魚は、その当時からオフショアのスターだったシイラだよ〜。

 偶然にも1991年の11月に、何年ぶりかで高校時代の同級生に海で出会った。それまではバスやトラウトを本格的にルアーで楽しんでいたんだけれど、このときにソルトターゲットも手軽に狙えることを覚えた。

 当時は手軽なライトルアーが海で流行る兆候もなかったけど、それでも毎日のように時間を作っては海へ出かけるようになってしまっていた。そして同級生から紹介してもらった、小田原にあるソルトルアーをメインにしたショップへ通うようになった。

 コンスタントな結果が出せるようになり、翌年の夏にはオフショアでシイラデビューするのは、ごく自然な成り行きだった。ラインシステムの練習をしたり、話を聞きながらイメージトレーニングをしたりと、当時を思い出すと夢中だった楽しさがよみがえる。

 この頃にヨーヅリのルアーと出会い、他のメーカー品と違って安価で釣れるという評判に惹かれていた。ポッパーやメタルジグといった多種多彩なルアーが当時からあったけど、ボクがシイラ用に選んだのはフローティングミノーだった。ライトルアーで慣れ親しんでいた形状が、何となく安心感を持たせてくれていたみたい。

 そしてパイロットルアーとして手にしたのが、ここに紹介している「トビマル」ってワケ。カラーも何色か準備したけれど、ファーストシイラをヒットさせたのはグリーンだった。

 最初に沖へ出たのが、7月上旬に遠征した「錦」だった。だけど悪天候の中で、船は走るばかりでシイラに出会えたのはワンチャンスのみ。それをモノにすることができず、あえなくオフショアルアーデビューは釣れずに終了。

 そしてその日がきた。忘れもしない、1992年7月18日。ボクは仲間たちと一緒に、長井から船を仕立てて、相模湾でルアーをキャストしていた。あいにくの悪天候で、雨とウネリがひどくて船は大揺れ。

 この日の本命はカツオやメジだったと記憶していたけど、群れに出会えなかったので長井沖のパヤオでシイラを狙うことになった。いよいよシイラに出会えそうな気がして、ルアーを前記のトビマルにチェンジした。

 みんなでパヤオに向かってルアーをキャストし、リーリングを開始すると、船ベリまで特大のシイラが寄ってきた。そして物凄い勢いでボクが操るトビマルを咥え、一気に遠くへと走り、そして激しいジャンプを見せてくれた。

 寄せては巻き取り、これを延々と繰り返しながら、16ポンドのナイロンラインでキャッチしたシイラは19.5kgだ。相模湾としても特大サイズで、これがボクのファーストシイラになった。

 初めてのシイラが19.5kgということで、当時のつりマガジンにも記事を掲載させていただいた。まだソルストが創刊する前の、海のルアーが今みたいに盛り上がる前のできごとだった。

 海のルアーで忘れられないルアーを1本だけ選べと言われたら、「トビマル」は絶対に外せないルアーなんだよね。数年後には廃盤になっちゃったけど、今年になって復刻版として再販してくれた。このルアーに思い入れがあるから、とっても嬉しいことなんだ。

 だけど当時の釣り博に「トビマル」と頭の剥製を展示したら、誰かに持ち去られてなくなってしまった。その後、尻尾の剥製はショップに飾ってあったけど、それも今はどこへ行ったのやら・・・。


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